たつの昔話「天然痘(疱瘡)の話」その1

村はえらいこっちゃった。

疱瘡(天然痘)がはやりよる。ぶつぶつがでてな。

熱がたこうなってそりゃえらいこっちゃ。子供はみな全滅や。

それも、三十年周期で流行するんや。

けどな、江戸時代の終わりごろには、もっと流行は早よなってな、毎年はやっとった。

こないな山又山の、山ん中の村にもようさんの人が病に倒れよった。

なんせ、効く薬がないんやから、かかったら、死ぬしかなかった。

こわいこっちゃ。何ぼでもうつるんや。

こまい子供らはかわいそうなこっちゃけど弱いさかいにうつったらみんな死んでいくんや。あっちゃでも、こっちゃでもな。むごいこっちゃ。

下野田村に俣野三郎ゆうお医者さんがおったってな、そりゃえらい先生やった。

京の須崎元吉(内科)に入門してな、もっと勉強するゆうて、大阪の明石天民ゆう蘭方医にも学んでな、この疱瘡(天然痘)を治そうと努力をされたんや。

大阪で、緒方洪庵ゆう蘭方医が開設した除痘館から牛痘の分苗を受けてな、村のために尽くされたんやけど、これが難儀なこっちゃが受け入れられへんのや。

そのころはな、牛の血清をうえつけるなんてそないなことしたら、牛になってしまうがなと、頑固な村人にはどないにもわかってもらえへんのや。

「わしらを牛にするきか。こないな医者のこと聞いたらあかんで」

「この医者気がふれとる」

こないゆうとるまにも、子供らは死んでいくんや。

それでも村の人は何も聞いてくれへんのや。

続く

文/濱田 多代子

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